第4話 ひとり旅の先で見つかった“虚無感”

退職後、私はしばらく旅行をしていました。

もともと旅は嫌いではありませんでした。
会社員時代にも、仕事や私的な旅行でいろいろな場所へ行く機会がありました。
それでも、退職後に時間ができたら、まだ行ったことのない場所をゆっくり回ってみたいという思いがありました。

特に、東ヨーロッパの国々には以前から興味がありました。
西ヨーロッパの有名都市とは少し違う、静かで、どこか時間の流れがゆるやかな街を歩いてみたかったのです。

退職してしばらくは、毎月のように旅に出ました。
月の半分ほどを海外で過ごすこともありました。
古い街並みを歩き、教会を見て、市場をのぞき、知らない料理を食べる。
会社員時代にはできなかった過ごし方でした。

最初のうちは、本当に楽しかったのです。

平日に空港へ向かうだけで、少し自由になった気がしました。
誰に許可を取る必要もない。
帰国後すぐに出社する必要もない。
予定は自分で決められる。

ところが、半年ほど経った頃から、旅に出る前の気分が変わってきました。

以前なら、航空券を取っただけで少し心が浮き立ちました。
しかし、その頃には、出発日が近づいても、あまり気持ちが動かなくなっていました。
むしろ、準備が面倒に感じられることさえありました。

旅先に着けば、それなりに楽しめます。
見たことのない景色はあります。
食事もおいしい。
街歩きも悪くない。

けれど、ホテルの部屋に戻ると、ふとした瞬間に、何とも言えないむなしさが出てきました。

この景色を見て、私はどうするのだろう。
この経験は、誰につながっているのだろう。
私は今、何のためにここにいるのだろう。

そんなことを考えるようになりました。

もちろん、旅に意味を求めすぎる必要はないのかもしれません。
ただ楽しめばいい。
それも一つの考え方です。

でも私の場合、楽しむだけでは埋まらないものがありました。

それは、社会との接点を失った感覚だったのだと思います。

会社員時代は、良くも悪くも、自分は何かの一部でした。
組織の一員であり、仕事の流れの中にいました。
誰かから連絡が来て、誰かへ返事をし、会議があり、資料があり、締め切りがある。
面倒ではありましたが、自分が社会のどこかに引っかかっている感覚はありました。

退職後の旅には、それがありません。

どこへ行っても自由。
何をしても自由。
けれど、誰にも待たれていない。
誰にも報告しなくていい。
誰にも必要とされていない。

自由と孤立は、紙一重なのかもしれません。

ひとり旅だったことも影響していると思います。
もし夫婦や友人と旅をしていれば、感じ方は違ったかもしれません。
ただ、当時の私を支配していたのは、観光地での感動よりも、どこかにぽっかり空いた穴のような感覚でした。

それを、今の言葉で言えば「虚無感」だったと思います。

自分の存在価値を感じられなくなる。
自分は社会にとって必要な存在なのかと考えてしまう。
そんな問いが、旅先の静かなホテルの部屋で、急に浮かんでくるのです。

旅行そのものが悪いわけではありません。
むしろ、退職後に旅をすることはよい経験です。
会社員時代には見えなかった景色も見えます。
自分を少し遠くから眺める機会にもなります。

ただ、旅だけで退職後の長い時間を満たせるかというと、少なくとも私には難しかった。

旅から帰ったあと、私は少しずつ考え始めました。

自分には、どこかに所属する感覚が必要なのではないか。
誰かと会い、話し、役割を感じられる場所が必要なのではないか。

その思いが、のちに資格講座へ通うきっかけになりました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
次回は、人はなぜ退職後に資格講座や学び直しの場へ向かうのかについて書いてみます。

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